ご主人さまは旦那さま 記念SS 1
――ドSで鬼で自分にも他人にもものすごく厳しいらしいうちの会社のお偉いさん。
そんな人が未来の旦那さまだと知る由もなく。
篠宮さんとのファーストコンタクトは思いがけない形で果たされた。
***
「――どうしてあの場で反論したんだ」
たまたま会議に呼ばれた私はしょんぼりと肩を落とした。
進行を務めていた篠宮さんに呆れられ、首を横に振る。
ついさっき、頭の固い重役たちにとって現場を顧みない指示が下されそうになった。
ほぼ聞き役でしかなかった私が口を出してしまったのは、
その指示によって影響を受ける部署だったからに他ならない。
しかし、そのせいで重役たちは機嫌を損ね、篠宮さんがなんとかとりなす羽目になってしまった。
「ああいう時は直接対決しようとするな。真正面から向かっても意見を潰されるどころか、下手すれば左遷に追い込まれる。そういう会社だ、ここは」
淡々と言うところは噂通りの冷血漢。ドSだという噂も本当のことだろう。
とはいえ、長いものに巻かれろ、なんて考え方は認めたくなくて口を開きかける。
何も言えなかったのは篠宮さんが笑ったところを見てしまったからだった。
「何のために俺がいると思っている。次から言いたいことがあった時は俺を通せ。お前の言いたいことを全て叩きつけてきてやる」
いつも怖い顔をした、親切心の欠片もない人なのだと思っていた。
それだけに、ほうっとその顔に見とれてしまう。
「にしても驚いたな。お前のような女がここにいると思わなかった」
意外にも好意的で、想像していたよりもずっと雰囲気が柔らかい。
ぽかんとした私に向かって篠宮さんが手を差し出す。
「篠宮幸広だ。お前の名前は?」
この時、初めて名前を呼ばれることになった。
それだけで心が湧きたったのを今後一生忘れることはないだろう。
更に言えばほんの半年後、下の名前で呼ばれるようになるなんて思いもしなかった――。